このたび学術英語学会では,大阪市立大学大学院教授山崎孝史先生をアカデミック・アドヴァイザーにお迎えすることとなりました。
現代日本における「研究者のための英語」という大きな課題に取り組む本学会としては,自然科学分野とあわせて人文社会科学分野の研究者の取り組みを十分に把握する必要があります。米国での学位取得,豊富な在外研究,英文ジャーナルの発刊等,文字通り国際的舞台でご活躍されている山崎先生からいただく御指導,御助言は,今後の学会の展望を大きく広げるものと期待されます。
ご略歴と,本学会のために御寄稿いただいたメッセージをここに掲載させていただきます。
略歴
京都市生まれ。京都大学大学院博士課程を中退し、京都大学文学部に就職。山口県立大学国際文化学部転任後、フルブライト奨学生(大学院研究)に採用され、米国コロラド大学地理学部大学院に入学。2001年に大阪市立大学大学院文学研究科に就職し、2004年にPh.D取得。現在は文学研究科教授ならびに学術情報総合センター所長(大学図書館長)。
専門は政治地理学、沖縄研究であるものの、2006年に文学研究科のCOEプログラムに関わる英語プレゼンテーションのトレーニングプログラムを構築し、2007年から4年間、大学院GPプログラムとして英語による発信力向上を目指す「インターナショナルスクール」事業の各種プログラムの構築と運営に関わる。そこでは、自らの経験をベースに、英語口頭発表、国際交流プログラム、英語ライティングの各セミナーにおいて自らも講師として多くの大学院生を指導した。
専門分野においても、国際政治学会「政治・文化地理学研究委員会」共同委員長、国際地理学連合京都地域会議「コミッション委員会」副委員長、国際地理学連合「政治地理委員会」共同委員長を歴任し、サンチアゴ、マドリッド、京都、モスクワ、北京での会議・セッション運営や基調講演を担う。また、政治地理学分野での代表的国際雑誌Political Geography (Elsevier)およびGeopolitics (Taylor & Francis)の編集委員を務め、多くの論文を査読するとともに、自らの論文も公表している。
2010年には、文学研究科の関係教員・大学院生による研究成果の日英翻訳と国際発信を促進するために、英語によるオンライン・オープンアクセスジャーナルUrbanScopeを自ら創刊した。さらに、大学図書館長という立場から、全国の大学図書館や国立情報学研究所と連携しながら、国際学術雑誌の購読と研究公表手段の最適化、機関リポジトリの利用拡大などオープンサイエンス化の促進などの課題にも取り組む。
著書に『政治・空間・場所―「政治の地理学」にむけて[改訂版]』(ナカニシヤ出版、2013年)、共著書に『領土という病―国境ナショナリズムへの処方箋』(北海道大学出版会、2014年)、論文に” ’The US militarization of a ‘host’ civilian society: the case of post-war Okinawa, Japan’ (S. Kirsch and C. Flint eds. Reconstructing Conflict: Integrating War and Post-War Geographies. Ashgate, 2011)、’The re-institutionalization of island identities: the “textbook fight” in the Yaeyama Islands, Japan’.(D. Kaplan and G. Herb eds. Scaling Identities. Rowman & Littlefield, forthcoming)など。
メッセージ
私にとって学術英語のスキルは誰かから教授されたものではなく、英会話の独習、国際会議への出席、国際的な奨学金への応募、米国留学経験、英語論文執筆といった個人的な経験から蓄積されたものです。よって、これらのスキルは体系化されたものでは全くなかったのですが、勤務校における大学院GPプログラムという教育実践を通して、「移転」可能な知識の体系として再構築するよう努めてきました。しかし、それでも個人の技量の「伝授」という次元を超えることは難しく、私が構築した各種プログラムも担当者が交代するにつれ、私が当初意図したような形では継承されなくなっていきました。その一方で、大学教員による「手作り」プログラムよりも、洗練され、商品化されたプログラムを語学系の企業が提供(販売)するようにもなりました。
しかし、そうしたプログラムは需要に応じた商品であることを避けられず、自然科学から人文・社会科学至る多様な分野からなる大学教員や若手研究者のニーズに応じたものとも言い切れません。またそれは「商品」である以上、公共財として蓄積されていく知識・技能ではなく、学内に「移転」されるものでは必ずしもありません。そうした観点から考えると、大学人の側が、企業のノウハウも取り入れながら、公共財としての学術英語の在り方を議論し、その成果を蓄積・普及していく努力を続ける必要があると考えられます。
また、昨今の英語商業雑誌の寡占化と為替変動や課税と関わる高額化は、公共財としての学術知識の生産・流通・蓄積に大きな負の影響を及ぼしています。私たちの知的資源は高等教育経費の削減とも相まって縮小化しつつあります。そうした中での行き過ぎた商業誌への依存は、特定の出版社による知識の生産と流通の独占を生み出し、本来公費によって公共のために行なわれた研究が公的に享受されない事態も生み出しかねません。特定の国際学術出版社が大学に雑誌購読を継続させるために、自誌投稿を促すライティングセミナーを開催することも、学術英語スキルの普及にはつながるかもしれませんが、そうしたスキル普及(投稿者養成)まで営利活動の一環に取り込まれる事態には眉を顰めざるを得ません。
その意味でも、大学関係者が中心となり、自らの経験と知見を持ちより、より公共的な学術英語の確立・活用・普及に貢献せんとする本学会の意義は小さからざるものがあると言えるでしょう。本学会の更なる発展を応援したいと思います。